京都地方裁判所 昭和25年(行)10号 判決
原告 西村久吉
被告 府中村議会
一、主 文
被告が昭和二十五年二月二十二日した被告議会の議員である原告を除名する旨の議決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
原告は昭和二十二年四月被告府中村議会の議員に当選し後記除名処分を受けるまで議員として在職していたものであるが、昭和二十三年九月二十三日頃及び同二十五年二月七日、当時被告議会の議長の職にあつた訴外宮本贊二郎が昭和二十年頃偶々府中村農業会事務理事の職にあつたことを奇貨とし同農業会保管に係る保有米約四十俵を不法に領得した外その地位を利用して犯罪を犯したこと及び議長として議会の運営上不当の措置のあつたこと等を理由として訴外宮本を京都地方檢察廳宮津支部に告訴した。又原告は昭和二十四年十一月十八日附書留内容証明郵便を以て前記宮本議長に対し府中村議会が天橋立駅成相寺線傘松道路の修繕工事に関し、府中村から京都府に金三十万円融通問題の件及び宮本議長辞任問題の件等を同年十二月五日限り処理すべきことを要求した。被告議会は原告の前記行爲を目して「原告は私人宮本を告訴しているように裝つているが、その実被告議会或いは被告議会議長を対象としていることが明白であり、殊更に事件を歪曲し或は無限の事実をねつ造し、神聖なるべき村議会の紛糾を計らんとするものである。原告が議員として当然與えられた議会という発言の機会を持ちながら敢えて内容証明郵便或は告訴という姑息な手段を選んだ。かような手段が個人の感情によつて無制限に行われるとすれば、議会の面目権威、意義は当然失墜される。原告の行爲は議会会議規則第百四十四條の議会を騷がし議会の体面を汚し、その情状が特に重いものにあたる」として昭和二十五年二月二十二日会議規則第百四十四條によつて原告を除名する旨の議決をした。しかしながら原告が訴外宮本贊二郎を告訴したのは被告議会議長としての宮本ではなく、一私人としての宮本を告訴したのである。原告の右告訴行爲等は何等議会を騷がし議会の体面を汚す行爲即ち、被告議会会議規則第百四十四條の懲罰事犯にあたらない。原告には何等会議規則違反の行爲はない。從つて被告議会会議規則第四十四條を適用してなされた本件除名の議決は違法であるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、原告主張に反する被告の答弁事実を否認した。
(立証省略)
被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張事実中、原告がその主張の通り被告議会の議員であつたこと、昭和二十五年二月二十二日被告が原告を原告主張通りの事由で、会議規則第百四十四條に則り除名する旨の議決をしたことはいずれも認める。原告の宮本前議長を被告訴人とする議会内容に関する告訴は議場内の事実を歪曲した告訴であつて、除名理由とした原告の一連の行爲は議員の義務を忠実に履行することなく非合法的手段によつて議会を騷がし議会の体面を傷けんとした最も惡質な計画的テロ行爲である。本件除名の議決は正当適法であると述べた。
(立証省略)
三、理 由
原告がその主張の通り被告議会の議員であつたこと及び昭和二十五年二月二十二日被告が原告主張の通りの理由で被告議会会議規則第百四十四條に則り原告を除名する旨の議決をなしたことは当事者間に爭がない。而して各成立並びに原本の存在につき爭のない甲第二号証、第六号証、乙第一号証に証人川尻直治の証言、原告本人訊問の結果を綜合すると原告が昭和二十三年九月二十二日頃被告議会の当時の議長訴外宮本贊二郎を元府中村農業会專務理事の肩書を附して又昭和二十五年二月七日頃同訴外人を府中村村会議長の肩書を附して原告主張のように告訴したこと、原告が原告主張のような昭和二十四年十一月十八日附書留内容証明郵便を同訴外人に差出したことを認めることができる。被告議会は原告の右告訴行爲及び内容証明郵便差出という行爲を捉えて議会を騷し又は議会の体面を汚すものとして原告に除名という懲罰を科したものである。しかしながら被告議会が原告の右行爲を懲罰事由に該当するものとして原告を除名したことは明らかに違法である。何となれば、
(一) 原告の右行爲は地方自治法第百三十四條第一項の懲罰事由たる自治法違反又は会議規則違反に該当しない。
地方自治法第百三十四條第一項は地方議会の議員に対する懲罰権を規定しているが、懲罰は地方自治法又は会議規則に違反した議員に対して科すべきものであることも同條項により明白なところである。元來一定の組織体は自律権の発動として法令の範囲内においてその構成員に対し構成員としての利益を剥奪する限度に止まる限り紀律保持の必要上懲罰を科し得べきものであるが、議会の議員は選挙民によつて選ばれ選挙民の意思を代表する公人であるのと、政党政派の対立抗爭の予想せられる議会のことであるから予め紛議と恣意を阻止する必要があるところから、自治法は特に懲罰事由を明定し地方自治法又は会議規則に定める義務に違反した議員に対してのみ議会が懲罰の権能を有することを定めたものである。すなわち議員に対し懲罰を科するには自治法又は会議規則によつて議員として遵守すべき作爲不作爲の義務が定立し、その違反がなければならない。然るに自治法及び被告議会会議規則(乙第二号証)を詳細に檢討しても本件原告の懲罰理由とされた告訴、内容証明郵便の差出という行爲を以て懲罰事由たる義務違反と認めるべき規定は全然存在しないのである。
(二) 被告議会会議規則第百四十四條を以て懲罰事由たる議員の作爲不作爲の義務を定めたものとすることはできない。右規定だけの適用によつて議員に懲罰を科することは違法である。
被告議会会議規則第百四十四條には「議会を騷し又は議会の体面を汚し、その情状が特に重い者に対しては出席を停止し又は除名することが出來る」と規定されている。被告議会は原告の前記行爲を目して右規定の違反であるとして除名処分を行つたのである。しかしながら右規定は懲罰事由を定めた会議規則でない。規定の体裁と位置、文言と趣旨並びに自治法との関連から熟考するにそれは自治法第百三十五條によれば懲罰の種類として戒告、陳謝、出席停止、除名の四種が定められているが、この中議員としての地位を制限剥奪する出席停止と除名という二種の懲罰に限つて、これを科するには單に自治法違反又は会議規則違反という行爲があつたことだけでは足らず、それによつて議会を騷がすか又は議会の体面を汚すという結果的要件とその情状が特に惡質であることの要件を定めた懲罰権発動の制限的規定であるといわねばならない。すなわち右規定は会議又は委員会において懲罰事由が発生したときは如何に措置すべきであるか、懲罰事犯はどのような手続で審査するか、懲罰としての出席停止の期間の限定等に関する規定と同様に地方自治法第百三十四條第二項にいわゆる懲罰に関し必要な事項を定めた規定に外ならず、從つてそれは議員に対する懲罰権発動の契機たる作爲不作爲の義務を設定したものではないと解するのが相当である。このことは次の事実から明瞭に首肯することができよう。被告議会会議規則には前記第百四十四條に次いで第百四十五條として「懲罰委員会が除名すべきものとして報告した事犯について地方自治法第百三十五條第二項の同意がなかつた場合においては議会は他の懲罰を科することができる」という規定が存するが、規則第百四十四條の要件を充足しない事案であるとして除名の議決が成立しない場合になお除名以外の懲罰を科することができるというのは規則第百四十四條の規定の有無もしくはその適用があると否とに拘らず、地方自治法第百三十四條第一項にいわゆる自治法違反又は会議規則違反があることが前提になつているからに外ならない。そうでなければ会議規則第百四十四條の適用が否決された場合になお戒告、陳謝の懲罰を科すことの可能な根拠がないことになるのである。会議規則第百四十四條がなければ除名又は出席停止の処分が許されないというのではなく、反対に右規定がなければ自治法又は会議規則に違反した議員に対しては自治法第百三十五條第二項の特別議決によつて直ちに除名処分を行うことができる関係にあるのである。これすなわち会議規則第百四十四條が二つの要件を定めて懲罰権の発動を制限したものと解した所以である。要するに同條は議員に対する懲罰権発動の契機たる作爲不作爲の義務を設定した規則、地方自治法第百三十四條第一項にいう会議規則ではないのであつて、それは自治法第百三十四條第二項にいう懲罰に関し必要な事項を規定した規則に過ぎないのである。他に自治法第百三十四條第一項にいう自治法違反又は会議規則違反がないのに直ちに同條第二項にいう会議規則を適用して議員に懲罰を科することは明らかに違法といわねでならない。
(三) 議会は議員が議長を告訴し又は議長に対して内容証明郵便を差出したからといつて、その議員を懲罰に付することはできない。
仮りに百歩を讓つて被告議会会議規則第百四十四條は議員としての作爲不作爲義務を設定したものと解して本件について考えて見る。会議規則は地方自治法第百二十條が制定を要請する議会という会議の運営に関する規則であるが故に、議会の会議の運営の必要上議員に対し一定の作爲不作爲を命ずる條項を持つべきは当然であり、一定の作爲不作爲を議員に強制する一つの方法として、その違反は自治法違反と同じく懲罰事由と定められているのである。その作爲不作爲は議会の会議の運営に関して定められるべきもので、それは主として議員の議場内における言動に関するものが多かるべきは当然であるが、議員として負担する義務は議場を離れれば直ちに解放されるものばかりとは限らない。地方自治法第百三十七條の招状不應、被告議会会議規則第百三十五條の祕密洩泄(詳言は避けるが、祕密洩泄という不作爲義務は右規則によつて初めて設定されたものではない)という義務違反は專ら議場外で行われるか又は議場の内外を問わないものである。しかしながら会議の運営に関しない議員の議場外の行爲を捉えて、これを会議規則違反となし懲罰を科することは法の許容するところではない。ひるがえつて考えるに、刑事訴訟法第二百三十條によれば「犯罪により害を被つた者は告訴をすることができる」し、同法第二百三十九條によれば「何人でも犯罪があると思料するときは告発をすることができる。官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告発をしなければならない」のである。被告訴人、被告発人が議会の議長であつても、又その告訴告発の内容が議会に関することであつても、議員の告訴告発を議員の義務違反であるとして抑圧することは許されない。又特定の人に対し内容証明郵便を差出し一定の事実を報告し一定の意思を表示し、観念を通知し一定の行爲を要求することは一つの自由権の行使であり、相手方が議会の議長であるとしても、それを差出議員の行爲を議員の義務違反であるとして制止することは許されない。告訴告発をし、内容証明郵便を差出すことは議会の会議の運営には全然関係を持ち得ない議員の議場外の行爲である。原告がそのような行爲をしたからといつてこれを以て原告に議員として議会を騷し又は議会の体面を汚す行爲があつたと見ることはあたらない。たとえその内容とした事項に虚僞不法の点があつたとしても同断である(この場合は行爲者が刑法の規定する誣告、名譽毀損、脅迫その他の犯罪者として処罰され、或いは民事上の責任を問われる等議員としての地位に関係なく不利益を受けるか否かは別問題である)。要するに被告が懲罰事犯があると指摘する原告の前記行爲は本來懲罰事由には全然該当するものではないのである。
以上明らかにした通り原告には懲罰事由がないのであるから本件除名議決は違法というの外なく、その取消を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 平峯隆 石崎甚八 岸本五兵衞)